※取材にもとづく編集記事です

VOL.014 小売・外食 公開 / 更新

商品は他社と同じ。
お客様は山に詳しいあの店員から買う

ふつうは 社員の育成に会社が出すお金は少なく、研修を受けるのも社員の3人に1人ほどだ。大手のチェーンは商品を選ぶのも本部の担当者だ。

この会社は 社員が楽しんで山に行く交通費を会社が出し、行った社員がブログに書く。商品を選んで発注するのも、お店の担当者にする。

札幌市の株式会社秀岳荘は登山用品を売る社員を研修でなく山で育てている。代表取締役社長の小野浩二さんは、遠くの山に行く高速代とガソリン代を会社が持ち、行った社員にブログを書かせ、発注もお店の担当者に任せる。お客様は「あの人から買いたい」と書いた社員に会いに来る。東京にも大阪にも出ず、札幌近郊の約250万人の中で約20億円を売っている。

株式会社秀岳荘。登山・アウトドア用品の小売と製造。札幌市に北大店と白石店、旭川市に旭川店、札幌に縫製工場がある。1955年創業。従業員は正社員60名、パート12名(取材時点)、売上規模は約20億円。

業種
登山・アウトドア用品の小売・製造
所在地
〒003-0026 北海道札幌市白石区本通1丁目南2番地14
従業員数
72名(正社員60名・パート12名、2026年10月現在)
売上規模
約20億円
設立
1962年(創業は1955年)
拠点
北大店・白石店(札幌市)・旭川店(旭川市)・縫製工場
話を聞いた人
小野 浩二(代表取締役社長)
青空の下、緑の稜線を赤い服の登山者が登っていく。奥には山並みが続いている

山から帰った店員に、お客様が「ブログ見たよ」と声をかける

夏の登山道。草木に挟まれた道の脇で、リュックを背負った社員が荷物を整えている

秀岳荘では遠くの山に登った社員が帰ってからブログを書く。10枚から15枚の写真に2行から3行の説明を付ける。クマの情報、服装、水、休憩のポイントなど、行ってみないと分からないことを載せる。

お客様はそのブログを読んで、「これはどうだろう」「あれはどうだろう」と質問を持つ。お店で書いた社員を見つけると、「ブログ見たよ」と声をかける。小野さんはお客様がその社員に会いに来ると話す。

社員の育成に会社が出すお金は、1人あたり平均1万5,000円だ

厚生労働省の「令和6年度 能力開発基本調査」では、仕事の場を離れた研修(OFF-JT)に会社が出すお金は、労働者1人あたり平均1万5,000円だった(令和5年度の実績。常用労働者30人以上の企業7,454社に送り、有効回答率は57.2%)。研修を受けた労働者は37.0%にとどまる。能力開発や人材育成に何らかの問題があると答えた事業所は79.9%にのぼる。

小野さんによると、大手のチェーンは本部の担当者が商品を選ぶ。たとえば東京にいる担当者が、全国50店舗の品を発注する。東京にいる担当者には、沖縄の気温も北海道の冬の寒さも肌では分からないと小野さんは話す。

社員の育成について、会社と社員が答えたこと

  • 能力開発や人材育成に何らかの問題があるとする事業所79.9%
  • OFF-JT や自己啓発支援にお金を出した企業54.9%
  • OFF-JT(仕事の場を離れた研修)を受けた労働者37.0%
育成に悩む会社は多く、研修を受けた人は3人に1人ほど厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」(2025年6月27日公表)をもとに当社が作成。企業調査は常用労働者30人以上の7,454企業・有効回答率57.2%、事業所調査は7,218事業所・54.1%、個人調査は21,334人・42.2%。

研修の代わりに、遠くの山に行く高速代とガソリン代を会社が出す

青空の下に、緑と黄色に色づいた稜線が続いている

小野さんは接客の研修や名刺の渡し方、お辞儀の仕方をほとんど教えない。育てたいのはお客様から「あの人から買いたい」と思われる社員だ。

お客様から見たらあの人から買いたいっていう従業員を作りたいんですよ。

小野 浩二

あの人から買いたいと思われるのは、山と道具に詳しい社員だ。そのために社員にたくさんの山に登ってもらう。ただし、給料を高くしたくても、そこまでは高くできないと小野さんは話す。北海道は広く、知床の近くの斜里岳まで行くだけで、高速代の往復とガソリン代で2万円ほどかかる。遠い山に行くとお金がなくなるので、会社が高速代とガソリン代を補助する。1台の車に3人が乗り、行った社員のうち1人がブログを書けば、1台分の交通費を会社が持つ。

同じ車に乗った社員は行きも帰りも会社のことを話し合う。社員同士のコミュニケーションもよくなると小野さんは話す。道具にも補助が出る。社員が秀岳荘で買うときは、仕入れの値段で買え、そこから5%を会社が負担する。正社員は30万円までなら後払いで、毎月の一定額と半年ごとのボーナスで支払う。道具を買って使えば詳しくなると小野さんは話す。

登山用品のお店には、定休日がないところがほとんどだ。秀岳荘はお店ごとに定休日を決めている。その日に、山好き同士で登山に行く社員もいれば、川や自転車に行く社員もいる。売上や利益を作ろうと思ったら、定休日を作ってあげるのが一番いいと小野さんは話す。遊びに行くうちに社員同士が仲良くなるからだ。小野さん自身も社員10人から13人を連れて百名山に登ったことがあり、今年も3、4回、社員と北海道の山に登っている。

山に行った社員がブログを書くと、お客様はその社員に会いに来る

緑の斜面の下の河原で、岩に腰かけた社員が、カメラを構えて山を撮っている

ブログを書いた社員は行ったばかりなので、お客様のどんな質問にも答えられる。お客様は安心して山に行き、帰ってきてお礼を言いに来る。その社員は隣の羅臼岳にも行っていると話すと、お客様は次にその社員の話を聞きに来る。ブログを書くたびにお客様が増え、社員は山の経験を積み、信用がその社員に集まる。

お客様に「すごいね」と言われると、社員は働いていて気持ちがいい。仕事が自分ごとになる。

秀岳荘のお客様の多くは、登山をする個人だ。登山用品は高く、バックカントリーのスキーのセットは安くても20万円以上、普通は30万〜40万円する。冬のボーナスが全部飛んでしまう買い物なので、自分と同じ山岳会の人がいるお店なら、その人から買いたくなると小野さんは話す。お客様からの紹介が多く、紹介された人もやがて秀岳荘を自分の推しにする。

山に行く交通費がお客様の来店につながるまで会社が遠くの山に行く高速代とガソリン代を出す行った社員が写真つきのブログを書くお客様はブログを読んで質問を持ち、その社員に会いに来る社員は行ったばかりで何でも答えられ、お客様は安心して山へ行く信用がその社員に集まり、社員の仕事が自分ごとになる
山に行く交通費が お客様の会いに来る社員を作る

お店で売る品を選んで発注するのも、そのお店の担当者だ

秀岳荘の白石店。山形の青緑のロゴ看板が、レンガ色の建物の前に立っている
白石店。

秀岳荘では発注もお店の担当者が決める。北大店は登山のプロのお客様が多く、白石店は初心者が多い。北大店のウエアの担当者は、自分のお店に来るお客様を見ながら、フリースやジャケット、雨具を展示会に行って発注する。白石店の担当者は初心者向けの品揃えにする。同じウエア担当どうしでも、お互いに何を発注したかは、荷物が着いてレジに入力するまで分からない。お客様は両方のお店の品揃えの違いに気づき、行ったり来たりする。

自分が発注した商品が半年後に初めて届き、お客様が手に取ってくれると、社員はうれしい。小野さんは責任を全部任せることも教育だと話す。失敗もある。半年たっても売れない商品は、モデルチェンジのときに30%引きにして売る。残ったものは会社のインスタグラムやLINEに「明日から30%引き」と書くと、電話が鳴る日もある。秀岳荘は在庫を現金に換え、お客様も喜び、誰も失敗しない形を作っている。

チェーン店の真逆をやるのが一番いいと思うんですよ。

小野 浩二

小野さんは東京にいる人が全国の発注を決める形では、送られた商品に現場が気合を入れず、売れなくても自分の責任ではないと思い、本社からは「なぜ売れないのか」と叱られるだけだと見ている。真逆をやる欠点は時間がかかることだ。その時間を我慢できるかが社長の仕事だと小野さんは話す。

東京や大阪にお店を出さないのは、育てた社員が辞めるからだ

秀岳荘の旭川店。木の柱と屋根の入口の横に、ロゴ看板が立っている
旭川店。

秀岳荘のお店は札幌に2つ、旭川に1つだけだ。小野さんは東京や大阪にお店を出そうと思ったことが「ぽっちも」ないと言う。

大きなお店を出すには、商品を説明できる社員を20人は送り込む必要がある。ところが秀岳荘の社員は、山が身近な札幌で遊びたくて移り住んできた人が多い。札幌ならスキー場まで30分で、ナイターで毎日滑りに行ける。今、社員のうち20人弱は本州から移ってきた人だ。その社員を東京に送れば、すぐ辞めるだろうと小野さんは見ている。

一人の社員を育てるには、最低でも5年から10年かかる。秀岳荘のこと、業界のこと、商品の説明の仕方が身につくからだ。東京にお店を出して20人を送れば、それまでの育成が無駄になる。

小野さんはその代わりに、今ある環境で売上を最大にして、税金を札幌や北海道に払い、地域に貢献する道を選んだ。本州のお客様にはインターネットの販売で届ける。働く社員は札幌にいるままだ。

赤字の決算のあとに値札を替え、次の決算は黒字になった

秀岳荘の北大前店。灰色とこげ茶の4階建ての建物の1階がお店になっている
北大前店。

小野さんの考えは数字にも出ている。2025年8月末の中間決算で、秀岳荘は小野さんにとって初めて、50万円の赤字になった。売上を上げても利益が出ず、社員は一人ひとり頑張っている。

小野さんは秀岳荘が同業の中で一番安く売ってきたことを社員に話した。割引を出しすぎたのではないか。値上げをしなければ、2月末の決算は赤字になり、冬のボーナスは出せない。社員にそう伝えて、店長会議で決めた。

誰のせいでもない社長の責任です。

小野 浩二

小野さんは多数決では決めなかった。多数決で失敗すると、誰も責任を取らないからだ。店長会議で決めたその日のうちに、店長から全員に号令がかかった。商品ごとの値上げ幅は、店長や担当者がメーカーやブランドごとに決め、最後に小野さんが確かめる。値札は1〜2日で全部替わった。

その後の決算は黒字になった。小野さんによると、2月末の決算は2,500万〜3,000万円ほどの黒字になり、今年8月の中間決算も2,500万円ほどの黒字だった。その利益で、ボーナスの支給と賃上げができ、契約社員は全員、正社員になった。

  • 50万円2025年8月末の中間決算の赤字
  • 1〜2日全商品の値札を替えるまで
  • 2,500万円ほど今年8月の中間決算の黒字
  • 全員正社員になった契約社員
赤字の決算のあと、値札を1〜2日で替えた数字売上規模は約20億円。

オフィスコンピューターの営業を辞めた社員が、登山用品の店長になった

木を組み合わせた壁に、白い文字で「秀岳荘」と掲げられている

小野さんは日本電気のオフィスコンピューターの系列会社で営業をしていた。毎日、地下鉄の終電まで働き、心が折れて、1996年12月31日に会社を辞めた。義理の親が秀岳荘の2代目だった。

1997年1月、モンベルの社長が札幌に来て、2代目と食事をした。札幌にモンベルクラブを作る話で、2代目が店長に誰がいいかと考えたとき、横で食事をしていた小野さんに決まった。29歳のときのことだ。小野さんは大阪の直営店で販売の仕方を教わり、その年のゴールデンウィークのあと、札幌ファクトリー店の立ち上げから入った。秀岳荘とモンベルは、モンベルが無名だった50年ほど前、秀岳荘がいち早く現金で仕入れたことで信頼関係ができた。

2012年から3代目の社長になった。最初は売上を優先していた。何年か社長をするうちに、社員の「心の叫び」が聞こえてくる。それをどう受け止めるかは、店長やスタッフに聞いても、雇われている側の話では愚痴を聞くだけになる。小野さんは中小企業家同友会の月1回の例会に出て、社長同士のグループ討論で自分を磨いた。去年は経営指針で経営理念と10年ビジョンを作り、社員に伝えている最中だ。

秀岳荘は北海道大学の前で、トラックにかける幌を作る会社として始まった。学生と失敗を重ねてテントやジャケットを作り、登山の専門店になった。今も縫製工場の正社員約5人が、メーカーが嫌がる修理や改造を引き受けている。

数字で見る秀岳荘の違い

夕暮れの稜線。左上の岩場を赤い服の社員が登っていく。奥には雪の残る山が見える

1955年創業。従業員は正社員60名、パート12名。売上規模は約20億円。札幌近郊の約250万人の中で売っている。

社員の育成に会社が出すお金は、全産業の平均で1人あたり1万5,000円(厚生労働省、令和5年度の実績)。秀岳荘は斜里岳の往復だけでも、1台あたり2万円ほどの高速代とガソリン代を出す。

赤字を見たあと、値札を1〜2日で替え、次の決算は黒字に戻った。

  • 約20億円売上規模
  • 72名従業員(正社員60名・パート12名)
  • 1万5,000円全産業の平均の育成のお金(1人あたり)
  • 約250万人札幌近郊の人口
山に行く交通費を出し、東京に出ずに売る数字厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」(OFF-JT に支出した費用の労働者1人あたり平均。令和5年度の実績)をもとに当社が作成。

秀岳荘のやり方を自分の会社で使うための3つのこと

一つめ。社員の育成に使うお金は接客の型でなく、社員が楽しんで経験を積むことに回す。山に詳しい社員が増えるほど、お客様が「あの人から買いたい」と思う相手が増える。

二つめ。経験した社員に外へ書かせる。お客様が書いた社員に会いに来るので、信用は会社でなくその人に集まり、本人も仕事が自分ごとになる。

三つめ。発注もお店の担当者に任せる。本部が決める形の逆をやるには時間がかかるが、その時間を我慢するのが社長の仕事だ。

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