クレドとは、社員が仕事で迷ったときに立ち返る会社の信条を、短い言葉にしたものです。ホテルのリッツ・カールトンが全従業員にカードで持たせていることで広く知られ、日本でも多くの会社が作っています。
経営理念が「会社は何のためにあるか」を示すのに対して、クレドは「目の前のこの場面で、うちの社員ならどうするか」を決めるために使います。マニュアルにない場面で社員が自分で判断できるかどうかは、クレドがその場面で答えを出せる言葉になっているかで決まります。
クレドとは、社員が迷ったときに立ち返る会社の信条
クレド(credo)は、ラテン語で「我は信ず」という意味の言葉です。キリスト教の信仰宣言の冒頭に置かれる語で(コトバンク:デジタル大辞泉・ブリタニカ国際大百科事典)、ビジネスでは会社とそこで働く人が大切にする信条を指して使われています。
会社の中でクレドと呼ばれるものは、社員一人ひとりが仕事の判断で拠りどころにする約束ごとを、数行から十数行にまとめたものです。名刺サイズのカードにして持ち歩く会社が多く、「クレドカード」と呼ばれます。
経営理念・ビジョン・行動指針とは使う場面が違う
会社には似た言葉がいくつもあります。中身が重なることもありますが、使う場面がそれぞれ違います。
- 経営理念会社は何のためにあるか。創業や会社の節目に立ち返る
- ビジョン何年後に、どんな会社になっていたいか。計画を立てるときに使う
- クレド迷ったとき、うちの社員ならどう判断するか。毎日の仕事の場面で使う
- 行動指針何をするか、何をしないか。決まった行動をそろえるときに使う
行動指針とクレドは混同されやすい言葉です。行動指針は「挨拶は自分から」「報告は当日中に」のように、するべき行動を決めます。クレドは行動を決めきれない場面で何を大事にするかを決めます。会社によってはクレドの中に行動指針を含めています。
リッツ・カールトンとジョンソン・エンド・ジョンソンのクレド
クレドの例には必ずこの2社が挙がります。どちらもクレドの文面そのものより、クレドを日々の判断にどう使っているかに特徴があります。
リッツ・カールトンは全従業員が毎日クレドに触れる仕組みをもつ
リッツ・カールトンのクレドは、ホテルを「お客様への心からの気づかいと快適さを、最も大切な使命とする場所」と定めています。あわせて、従業員を紳士淑女と呼び、紳士淑女であるお客様をもてなす紳士淑女だと位置づけるモットー、「温かく心からのあいさつ」「お客様のニーズを先読みして応える」「心のこもった見送り」というサービスの3つのステップ、12項目のサービス・バリューを持っています。サービス・バリューには、お客様の思い出に残るひとときをつくる権限が自分にあること、お客様の問題は自分が引き受けてすぐに解決すること、が書かれています(The Ritz-Carlton Leadership Center)。
米国の経営品質賞(マルコム・ボルドリッジ国家経営品質賞)を運営する米国国立標準技術研究所(NIST)の公式ブログによると、同社では毎日15〜20分の「ラインアップ」という短い打ち合わせを開いています。クレドカードは入社初日に渡され、制服の一部として持つものとされています(NIST, 2015/NIST, 2017)。
よく紹介される「従業員は2,000ドルまで自分の判断で使える」という話は公式サイトでは確かめられませんでした。創業メンバーのホルスト・シュルツ氏が2019年のインタビューで「お客様をつなぎとめるためなら、従業員は2,000ドルまで自分で決められる」という趣旨を語っています(Corporate Board Member, 2019)。クレドを渡すだけでなく、クレドに沿って判断する権限も一緒に渡しているということです。
ジョンソン・エンド・ジョンソンは責任の順番をクレドに書いている
ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のクレド「Our Credo(我が信条)」は、1943年に当時の会長ロバート・ウッド・ジョンソンが書いたものです。このクレドは会社が責任を負う相手を順番に並べています。最初が製品を使う患者や医師・看護師、子どもを持つ親たち。次が社員、その次が地域社会と世界。株主への責任は最後に置かれています(Johnson & Johnson「Our Credo」)。
このクレドが判断に使われた例として、1982年のタイレノール事件が知られています。米国シカゴ周辺で同社の鎮痛薬に毒物が混入され、7人が亡くなりました。米国の大学が作ったケース教材によると、J&J はクレドに書いた消費者への責任にもとづいて、全米の店頭から3,100万本、1億ドルを超える製品をすぐに回収しました。市場シェアは37%から7%まで落ちましたが、6か月で30%まで戻っています(ニューメキシコ大学 Daniels Fund Ethics Initiative のケース教材。J&J 公式の記録ではありません)。
2社のクレドはどちらも「どちらを選ぶか」を決めている
リッツ・カールトンの従業員は、目の前のお客様の問題を自分で引き受けるか、上司に回すかで迷ったとき、クレドで答えを出せます。J&J は、売上と株主の利益を守るか、製品を使う人を守るかで、クレドの順番どおりに決めました。どちらのクレドも迷った場面で2つの選択肢のどちらを選ぶかを決められる言葉になっています。
迷った場面で答えが出ない言葉のクレドは使われない
経営理念やクレドを社員と共有することには意味があると考えられます。中小企業庁の『2025年版 中小企業白書』は、帝国データバンクが2024年11〜12月に行った調査をもとに、経営理念・ビジョンを社員と共有している企業の売上高増加率(2018年から2023年、中央値)が8.1%、共有していない企業は2.4%だったと示しています(共有している企業 13,358社、共有していない企業 4,215社)(2025年版 中小企業白書 概要)。ただし、これは共有している会社とそうでない会社を比べた結果で、共有したから売上が伸びたという因果までは示していません。
一方で、会社が掲げた言葉を日々の仕事に生かせている社員は多くありません。米国の調査会社ギャラップは、米国の社員のうち、自社が掲げる大切にすべき考え(バリュー)を毎日の仕事に生かせると強く同意した人は23%、そのバリューを信じていると強く同意した人は27%だったと報告しています(Gallup, 2016。調査会社の調査で、対象人数や調査方法は記事に書かれていません)。
クレドが使われない理由として、浸透の取り組みが足りないことがよく挙げられます。ただ、経営者の方と話していると、言葉そのものが判断に使えない形になっているケースのほうが多く見られます。
たとえば「お客様第一」「誠実」「挑戦」。どれも正しい言葉ですが、閉店間際に来たお客様を迎えるか、断るか。値引きを頼まれて応じるか、断るか。そうした場面では、どちらを選んでも「お客様のため」「誠実」と言えてしまいます。答えが出ないので、社員は結局上司か社長に聞きに来ます。
お客様第一で行動します
お客様が「ここに頼んでよかった」と人に話したくなるほうを選びます
誠実に仕事をします
できないことはその場で「できません」と伝え、代わりにできることを示します
常に挑戦します
前例がなくても、お客様のためになるなら、上司の許可を待たずにまず試します
会社の思いから書いたクレドは社員には「お題目」に聞こえる
クレドを社長と幹部だけで書くと、「会社としてこうありたい」という思いから言葉を選びがちです。言葉は立派になりますが、主語が会社になるので、社員からは「会社が自分たちに求めていること」に見えます。求められていると感じた言葉は指示と同じで、言われた範囲でしか守られません。
使われるクレドは主語が顧客です。「このお客様は、うちと関わってどうなりたいのか」から書かれた言葉は、社員にとって目の前のお客様の話として読めます。目の前のお客様の話なので、社員は言われなくても自分から使います。
項目を増やすほど迷ったときに取り出せなくなる
大切なことを全部入れたくなる気持ちは真っ当です。ただ、項目が10を超えると、社員は迷った場面で「どれに当てはまるか」を探すところから始めることになります。私は、何に集中すればいいかを絞ってあげるほうが人は目の前の仕事に夢中になりやすいと考えています。迷ったときに最初に浮かぶ一文が1つあれば十分です。私は、顧客が手に入れたい姿を表す一文と、判断の問いを3〜5つ程度にとどめることをお勧めしています。
クレドは持っている人の判断を変えるためにある
クレドを作る目的を「社員教育のため」と考える経営者の方は多いと思います。私の考えは少し違います。クレドの目的は社員を育てることそのものより、それを持っている自分になって判断が変わることにあります。言ってみれば、おまじないのようなものです。
たとえば、お客様から「あなたの会社のカード、持っているんでしょう。そこに書いてあることと違うんじゃない?」と言われたとき、思わずはっとするような言葉です。持っている本人がカードの言葉を自分との約束として受け取っているから、はっとします。そうなっていれば、クレドは誰にも見張られていない場面でも判断の拠りどころとして働きます。
反対に、会社から渡された決まりごととして受け取られたクレドは、守っているかどうかを上司にチェックされる道具になります。チェックされる言葉はチェックされない場面では使われません。
決まりごととして渡す
- 会社がクレドを配り、朝礼で唱和する
- 上司が「クレドを守っているか」を確かめる
- 見られていない場面ではいつものやり方に戻る
自分との約束として持つ
- お客様の話から生まれたクレドを自分のものとして持つ
- 迷った場面で自分から取り出して読む
- 見られていない場面でも同じ判断をする
使われるクレドは顧客から逆算して5つの手順で作る
私は、顧客から逆算して言葉を決める作り方をお勧めしています。顧客が自社と関わって手に入れたい姿を出発点にし、そこから社員の判断の問いへとつなぎます。
- 1選び続けてくださる顧客を3人思い浮かべる価格では勝っていないのに、長く付き合ってくださっている方。名前と顔が浮かぶ方を選ぶ
- 2その顧客がうちと関わって手に入れている姿を一文にする商品そのものより、それを使っている自分。お客様がおっしゃった言葉をそのまま書き出し、解釈を足さない
- 3これまで「やらない」と決めてきた判断を書き出す断った仕事、引き受けなかった値引き、続けてきた手間。そこに会社らしさが出ている
- 4迷った場面で答えが出る問いや約束の形にする「この対応で、お客様は手に入れたい姿に近づくか」。2つの選択肢のどちらかを選べる言葉にする
- 5幹部と現場で実際にあった場面に当ててみる先月迷った場面に当てて答えが出るか。社員がどう受け取るかを聞いて、言葉を直す
材料は選び続けてくださる顧客の中にすでにある
同じような商品を扱う会社がほかにもあるのに、わざわざ選び続けてくださる顧客がいる。辞めずに働き続けてくれている社員がいる。そこにはその会社にしかない理由があります。会社の中にいる人ほど、毎日くり返していることが当たり前になって見えなくなっているだけです。クレドづくりはすでにある理由を見つけて言葉にする作業です。
顧客が手に入れている姿は、たとえば住宅会社なら「家を建てた人」より「家族が帰ってきたくなる家を自分で選べた人」かもしれません。顧客は商品そのものより、それを使っている自分にお金を払っています。そこが言葉になると、社員の判断がそろいはじめます。
「やらない」と決めてきた判断に会社らしさが出る
クレドを書こうとすると、「やること」を並べたくなります。けれど、会社らしさはむしろ「やらない」と決めてきた判断によく表れます。どんなに頼まれても受けなかった仕事、利益が出ても続けなかったやり方。その理由を言葉にすると、ほかの会社では書けないクレドになります。
言葉は社員がどう受け取るかで選ぶ
同じ言葉でも、経営者と社員では受け取り方が違います。私が関わったクレドづくりでも、経営者が前向きな意味で選んだ「チャレンジ」という言葉が、現場では「環境が整っていなくても、とにかくやれ」と受け取られるおそれがあると分かり、別の言い方に変えたことがあります。クレドの言葉の意味は読んだ社員の受け取り方で決まります。実際の場面に当てて社員の声を聞くのもこのためです。
クレドカードは迷った場面ですぐ取り出せる形で作る
クレドを冊子にまとめて渡す会社もあります。ただ、冊子は迷ったその場で開くには厚すぎて、日々の判断では思い出されにくくなります。名刺入れや胸ポケットに入るカードにするのは、迷った場面ですぐ取り出せるようにするためです。
| 決めること | 考え方 |
|---|---|
| 大きさ | 名刺と同じ大きさ(91×55mm)にすると、名刺入れや財布に入り、持ち歩きやすくなります。項目が多い場合は二つ折りにします |
| 表に書くこと | うちの顧客がうちと関わって手に入れたい姿。お客様の言葉や場面で書きます |
| 裏に書くこと | 迷ったときに立ち返る問いや約束。多くても5つまでに絞ります |
| 言葉づかい | 新しく入った社員が読んでも分かる言葉で書きます。社内の略語やカタカナ語は避けます |
| 紙と印刷 | 毎日持ち歩くので、厚めで角が折れにくい紙にします |
クレドは唱和より使う場面を決めることで根づく
クレドを浸透させる方法として、朝礼での唱和がよく取り上げられます。唱和すれば言葉は覚えてもらえます。ただ、言葉を覚えていることと、迷った場面で使えることは違います。私は、社内の仕事の流れの中でクレドを使う場面を先に決めておくことをお勧めしています。
カードを配って唱和するだけでは足りないことは、研究でも示されています。野林晴彦氏の研究(2015年)は、上場企業2,443社に調査票を送り、回答した131社(各社の広報担当者1人が回答)のデータを分析しました。朝礼での唱和、額やパネルでの掲示、手帳やカードに書いて持ち歩くといった、日常的に理念に触れる取り組みは、理念が仕事のやり方に表れることにはあまり結びついていませんでした。結びついていたのは、理念を学ぶ研修と、理念を反映した評価の基準などの人事制度でした。回答した会社が少なく、ROAなどの財務の数字とは統計的に意味のある関係が見られなかったことは、論文自身が限界として書いています(野林晴彦「理念浸透における理念内容と浸透策、浸透度、成果」『経営戦略研究』15号)。カードは迷った場面で取り出すための道具で、使う場面と評価の仕組みがそろって初めて社員の判断に表れます。
朝礼:全員で唱和する
前の日にクレドを思い出して判断した場面を1人が話す
相談:上司が答えを出す
上司が「クレドに照らすと、どうすると思う?」と問い返す
会議:売上の達成率から話す
最初の5分で、お客様に喜んでいただいた場面を話す
評価:クレドと関係のない数字で評価する
クレドに沿った行動を数え、クレドに反する数字は追わせない
上司は答えを出さずに、クレドに照らして問い返す
部下から相談を受けたとき、上司がすぐに答えを出すと、部下は次も上司に聞きに来ます。「クレドに照らすと、どうすると思う?」と問い返すと、部下は自分でカードを取り出して考えます。答えを出すのは部下で、上司はその判断を支える側に回ります。部下の判断がクレドに沿っていたら、結果がどうであれ、そこを認めてください。
クレドと食い違う数字を追わせない
クレドがどんなに良くても、社員が追う数字と食い違っていれば、社員は数字のほうを選びます。たとえば「お客様がゆったりくつろげる時間をつくる」とうたう美容院で、施術の回転数を追わせれば、社員はくつろぎの時間を削ります。クレドを作ったら、社員に追ってもらう数字を見直し、クレドを損なう数字は「見なくていい」とはっきり伝えてください。社員に追ってもらう数字をお客様の行動から決め直したいときは、人が離れないKPIの決め方と、明日の会議で使える3つの問いをご覧ください。
社長自身がクレドを曲げない
社長はクレドに合わない指示を出さないよう、いちばん気をつけてください。今月の売上が足りないからと一度でもクレドを曲げると、社員はその一回で「クレドより社長の都合が上なんだ」と受け取ります。クレドは社長が守っている姿を見せたときにだけ、現場で使われます。
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