何回教えても同じ失敗をする部下に、つい「前に言ったよね?」と言ってしまった。言った直後に相手が黙り込み、次の報告が遅くなる。周りを見ると、同じようなタイプの相手をきちんと伸ばしている人がいる。
同じ悩みを持つ人は、数多くいます。産業能率大学が2017年に上場企業の課長に行った調査では、管理職の悩みで「部下がなかなか育たない」が最も多く、厚生労働省の白書が取り上げています。厚生労働省の令和7年度の能力開発基本調査でも、育成の問題として「育成しても辞めてしまう」を挙げた事業所が51.6%、「育成を行う時間がない」を挙げた事業所が45.5%ありました。
先に結論を書きます。人を育てるのが上手い人は、相手に「教えれば直るはず」という期待を置いていません。相手は今この位置にいて、この人なりのペースで進む、という前提に置き換えています。冷たい話ではありません。この記事では置き換え方、同じ失敗を繰り返す相手に変える3つのこと、仕事ができる人ほど育てるのが下手になる理由、育てる力は才能かどうかを、研究で分かっていることと分かっていないことに分けて書きます。
人を育てるのが上手い人は、相手に期待しない
「人を育てるのが上手い人がやっていること」を扱った個人の発信に、ある経営者の話が出てきます。新卒の社員が3年以内に辞める割合がとても低く、現場で即戦力になるまでの早さも目立つ会社で、その経営者は育成で大切にしていることを「期待と信頼を切り分けること」と答えたそうです。人に期待するのは勝手な願望で、信頼するのは覚悟だ、という考え方です。相手が期待どおりにいかなくても、裏切られたとは思わない。この人なりの成長のペースがある、という前提で接しているからです。
ここで言う「期待」は、教えたのだから次は直るはず、という見込みです。この見込みが外れ続けると、「前に言ったよね?」「なんでこんなこともできないの?」という言葉が出ます。言われた側は萎縮し、試す回数が減り、同じ失敗がまた起きます。知恵袋の回答にも、部下を育てる人が上手い人について「士気をへし折らない」ことに尽きる、という答えがありました。育てる側が期待を持つこと自体より、期待が外れたときに相手を折ってしまうことが、育成を止めています。
では、期待をかけたほうが部下は伸びるのでしょうか。管理の場面で期待の効果を調べた研究を17本まとめた分析(2,874人分)では、上司が高い期待を持つと部下の成果が上がる傾向が確かめられていました(McNatt, 2000、要旨)。ただし、研究の多くは軍隊の訓練の場面で、最初に低く見られていた人ほど効果が大きく、著者自身も、通常の職場や営利企業での研究が足りないと書いています。教室の研究は、さらに慎重です。35年分の研究を振り返った論文では、教師の期待が子どもに影響する現象は起きるものの、効果は典型的に小さく、時間がたっても大きく積み上がらないとされています(Jussim と Harber, 2005)。
一方で、「期待しないほうが成果が上がる」と示した研究は見つかりませんでした。また、期待が外れて苛立った上司が部下にどう影響するかを直接測った研究も、見つかっていません。ですから当社が置き換えるのは、期待が外れたときに崩れてしまう期待のほうです。「教えたから直るはず」という見込みは、「この人はこの位置にいて、この人なりに進む」という前提に置き換わります。前提は外れても、苛立ちに変わりません。
現場で、新しい問いかけを試した場面がありました。お客様の叶えたい未来を聞く問いかけです。入って数年以内の人には重すぎました。経営者の見立ては、入ったばかりの人にいきなりその水準を求めるのは危ない、というものでした。そこで、入って間もない人には問いかけを求めず、基礎の確認と信頼関係づくりを先に置きました。期待する水準を一律に置かず、その人が今どこにいるかを前提にしたのです。会話が増えて信頼関係は良くなった一方、訪問時間が延びて生産性は落ちた、という現場の声も出ています。期待は水準を決めますが、信頼は相手の今を認めるところから始まります。
期待しない人は、相手を見限っているわけではありません。上手い人は、期待の代わりに前提と任せる範囲と責任の置き場所を渡しています。次の節では、その渡し方を3つに分けます。
同じ失敗を繰り返す相手に、上手い人が変える3つのこと
同じ失敗が繰り返されるとき、多くの人は説明を増やし、言い方を変え、資料を作って教え直します。上手い人が変えているのは、次の3つです。いずれも、渡すものの話です。
期待を相手の成長の前提に置き換える
1つ目は、頭の中の置き場所を変えることです。「次は直るはず」と見込む代わりに、「この人は、この人なりのペースで進む」と置きます。これで、失敗が繰り返されたときの受け止め方が変わります。期待が外れたと見えていた場面が、前提のとおりに進んでいる、と見えるからです。
向くのは、同じ失敗を繰り返す相手、新人や異動直後の相手です。自分への問いは1つで足ります。「私は、この人に何を見込んでいたのか」。見込みを言葉にすると、水準が相手の今の位置と合っていないことに気づけます。
答えを先に言わず、最後まで一度やらせる
2つ目は、先回りをやめることです。ミスを事前に防ぐことが育成だと考える人は多くいますが、先回りは、操作に近くなります。相手は考えなくなり、失敗と成功の手応えが、相手の中に知恵として残りません。「そのやり方で、まず一回最後までやってごらん」と言って、最後までやらせる。上手い人は、答えを先に渡さず、考えさせることを大切にしています。検索の「AIによる概要」でも、答えをすぐ教えず、逆算した質問で解決策にたどり着かせることが、育て上手な人のやり方として挙がっていました。
向くのは、初めての仕事と、新人の挑戦です。取り返しのつかない仕事には使えません。最後までやらせてよい仕事かどうかを、渡す前に決めておきます。
結果の責任は自分が取ると、先に伝える
3つ目は、責任の置き場所です。知恵袋の回答には、部下に恐れず物事に当たらせ、結果の責任は自分が引き受ける覚悟を持つこと、という答えがありました。失敗したときに責められると思っている人は、試しません。責任は任せる側が先に引き受けると、一言で伝えておくと、試す回数が増えます。
当社の考えでも、業績や結果の責任は経営者が負い、現場の人にはお客様に集中してもらいます。失敗したときの責任は自分が持つと先に言い、そのうえで任せる範囲を渡す。向くのは、少し背伸びの仕事を渡すときです。
この3つを同行で試した例があります。新規の依頼を取るのに苦戦していた意欲のある若手に、成果の出ている先輩が1か月つきました。やり方を座学で教え込まず、お客様への接し方をその場で見せる形です。途中で数字が下がっても失敗とは扱わず、次の打ち手のヒントとして見る、という前提も先に決めてありました。同行から戻った本人は、かなり興奮した様子だったそうです。件数の変化の記録は残っていないので、結果を数字では書けません。この例は、最後までやらせる代わりに、隣で見せる形でした。教え込まない、数字が下がっても責めない前提を先に置く、という点は同じです。
当社の考えは、人は変わらないが、環境は変えられる、というものです。相手を変えようとする間は、期待が外れるたびに苛立ちます。部下が向き合うものを絞り、外せる制約を外し、責任は自分が先に引き受ける。環境を整える側に立てば、相手に期待を預けなくて済みます。
Googleの管理職の研究で挙がった行動は10項目あり、先頭は「良いコーチであること」、次が「口を出しすぎずにチームに任せること」でした(re:Work)。並びは重要度の順位を示すものではありません。それでも、任せ方と関わり方が先頭に挙がっていることは、上の3つと同じ方向を向いています。
同じ3つの場面で、期待する人と信頼する人は何を言うか
違いは、誰の頭を動かしているかにあります。期待する人の言葉は、自分の頭の中の答えを相手に言わせる形になりやすく、信頼する人の言葉は、相手が自分で考える余地を残す形になります。同じ3つの場面で並べると、次のとおりです。
| 場面 | 期待する人 | 信頼する人 |
|---|---|---|
| 同じミスをもう一度報告されたとき | 「前にも言ったよね? なんで同じことをするの?」 | 「今回は、どこで迷った?」と聞き、相手の説明を最後まで聞く |
| 仕事を頼むとき | 手順を先に全部伝え、そのとおりにやらせる | 何のための仕事かとどこまで自分で決めてよいかを伝える |
| 期限に遅れそうなとき | 「だから早めに言ってと言ったでしょう」と責める | 「何があれば進められる?」と聞き、結果の責任は自分が持つと伝える |
この表は、当社が組んだ例です。実際に交わされた言葉の記録ではありません。
信頼する人の言葉には、質問と範囲と責任が入っています。「今回は、どこで迷った?」と聞くと、相手は迷った場所を自分の言葉で説明し、その間に、なぜ失敗したのかを相手自身が見つけます。仕事の目的と任せる範囲を渡せば、相手の頭は手順を守ることから結果を考えることへ動き、「結果の責任は私が持つ」の一言があれば、失敗を報告しやすくなります。
期待する人の言葉に共通するのは、過去の指摘と、自分の答えの先出しです。「前にも言った」は、すでに終わったことの確認です。手順を先に全部伝えると、相手は考える材料をなくします。どちらも、相手の頭を使わせない言い方です。
期待が外れて苛立つと、人は誰でも過去の指摘と答えの先出しに戻ります。表の左側が出そうになったときが、前提を置き換える合図です。頭の中で、自分が相手に何を見込んでいたのかを一度聞いてみてください。
仕事ができる人ほど、人を育てるのが下手になる理由
「人を育てる」で検索すると、「仕事ができる人ほど部下を育てるのが下手という残念な事実」という言葉が、他の人も検索している語として出てきます。成果を出してきた人ほど、教えるのも上手いはずだと思いがちです。実際には、逆の傾向を示す研究があります。
米国の営業職を調べた研究です。214社の営業職53,035人のうち、昇進した1,531人を調べたところ、昇進前の売上が2倍だった人は、昇進の確率が14.3%高く、昇進後に管理職になったとき、部下1人あたりの売上が7.5%低かったのです(Benson, Li, Shue, 2018年のワーキングペーパー)。営業成績の高い人ほど昇進しやすく、その人が管理職になると、チームの売上はむしろ低い、という関連です。営業職だけの結果なので、言えるのは、営業成績が高いほど昇進後の部下の売上が低い関連があった、というところまでです。掲載された論文では対象の会社数が異なるので、2018年版の数字だと明記しておきます。
日本の課長にも、同じ方向の傾向があります。リクルートワークス研究所が2019年に、従業員100名以上の企業の課長相当2,183人に聞いた調査では、プレイングを全く行わない管理職は12.7%で、約9割が自分も実務をしていました。部下にもできる基本的な業務を上司が肩代わりしているほど、チームの成果の自己評価はやや低い傾向がありました。反対に、上司にしかできない業務や、新しいやり方を考える業務は、成果の自己評価と、わずかに結びついていました(報告書)。管理職本人の回答による自己評価で、同じ時点で聞いた調査なので、「一緒に動く傾向がある」とまでしか言えません。
現場でも、似た場面がありました。各項目で成績1位の人が、現場の仕事と管理職を兼ねていました。本人は働き続けるのですが、周りは育ちません。育てる力と成果を出す力は、別の力だったのです。当社の支援では、本人を変えようとせず、いちばん活躍できる形を提案しました。成果で背中を見せる役に戻し、チームが力を出せる環境をつくる役は、別の人に分けます。管理職は、いちばんできる人でなくてよい、と役割を二つに分けた形です。実施後の結果の記録はまだありません。
では、自分でやったほうが早い仕事は、いつまで自分でやり、いつから任せるのでしょうか。読み手が迷う点なので、数字で並べます。月に4回ある、1時間でできる仕事を例にします。自分でやれば毎回1時間です。任せる場合は、最初の1回に教える時間が3時間かかり、確認が0.5時間。2回目以降は、確認の0.5時間だけとします。
| 仕事を行った回数 | 自分でやる場合の上司の累計時間 | 教えて任せる場合の上司の累計時間 |
|---|---|---|
| 1回目 | 1時間 | 3.5時間 |
| 4回目(1か月目) | 4時間 | 5.0時間 |
| 6回目 | 6時間 | 6.0時間 |
| 7回目 | 7時間 | 6.5時間 |
| 8回目(2か月目) | 8時間 | 7.0時間 |
| 12回目(3か月目) | 12時間 | 9.0時間 |
前提の数字は、当社が仮に置いたものです。教える時間3時間と確認0.5時間は、実際の仕事に合わせて置き換えてください。
6回目までは、自分でやったほうが上司の時間は少なく済みます。7回目から、任せたほうが少なくなります。月4回ある仕事なら、2か月目の3回目からです。この差は、回数が増えるほど開きます。自分でやったほうが早く感じるのは、最初の数回だけを見ているからです。最初の数回を「損」と見ると、任せる回数がいつまでも増えません。
ただし、これは上司の時間だけを数えた例です。部下が育つこと、部下が別の仕事に手を伸ばせることは、含まれていません。数字に出ない分は、任せるほうにさらに有利に働きます。自分でやる癖を直すとは、最初の数回の損を、あらかじめ受け入れることです。
育てる力は才能か、身につくものか
「人を育てる才能」と検索する人は、自分に育てる力があるのかを確かめたいのだと思います。研究で分かっていることから順に書きます。
リーダーの役職に就くかどうかを双子で調べた研究があり、男性の双子(一卵性238組、二卵性188組)を比べたところ、役職に就くことの違いの約30%が遺伝で説明され、残りは育った環境などによるものでした(Arvey ら, 2006、研究者ページ)。測っているのは「リーダーの役職に就いたか」で、人を育てる力そのものではありません。育てる力が生まれつきかどうかを直接測った研究は、見つかりませんでした。
身につくかどうかについては、まとまった研究があります。リーダーシップ研修の効果を調べた335の調査をまとめた分析で、研修を受けたあとの学び、行動、成果のどれも、はっきり良くなっていました。効果が大きかった条件は、必要なことを調べてから行う、フィードバックをもらう、実際にやってみる、間隔を空けて行う、職場で対面で行う、でした(Lacerenza ら, 2017、要旨)。やってみて、フィードバックをもらい、間隔を空けて繰り返すと身につく、ということです。
才能で人を選ぶより、渡し方を変えるほうが早いというのが、当社の考えです。人は変わらなくても、環境は変えられます。この記事で書いた3つ(前提の置き換え、最後までやらせる、責任を先に引き受ける)は、どれも今日から始められ、やってみた結果を次の1回に持ち込めます。
明日、期待を一つ手放して、信頼を一つ渡す
全部を一度に変える必要はありません。明日の最初の依頼で、次の2つだけを決めてください。
- 期待を一つ書き出し、前提に置き換える。「今度こそ、同じ失敗をしないはず」と見込んでいることを、紙に1行書きます。その下に、「この人は今ここにいて、この人なりに進む」と書き直します。
- 信頼を一つ渡す。依頼のとき、「何のための仕事か」と「どこまで自分で決めてよいか」を伝え、「結果の責任は私が持つ」と添えるところまでが一つです。
うまくいったかどうかの目安は、相手が自分から報告に来たかどうかです。報告が早くなれば失敗の中身が見え、次の手が打てるようになります。教え直す回数を増やすより、報告が早く来る状態をつくるほうが、同じ失敗は早く減ります。
相手に期待を預けず、お客様に集中できる環境をつくる考え方の全体を、セミナー動画に順にまとめました。
セミナー動画を見る教えても同じ失敗を繰り返す相手を前に苛立ったときは、見込んでいたことを一つ書き出してみてください。前提に置き換えれば、次に渡すものが見えてくるはずです。