経営計画発表会や朝礼で、「今期の目標を達成できたら、皆さんに還元します」と伝える。社員に報いたいというまっすぐな気持ちから出る言葉です。物価が上がり続けるなかで、社員の暮らしを守りたいと考えるほど、この一言には力がこもります。

ところが社員には、この一言が「達成できなかったら、払わないということですね」と聞こえています。報いるための約束のつもりが、経営者の保険に見えてしまうのです。

お客様の経営計画発表会の準備をご一緒するとき、これは、私が入れ替えをお勧めしている言い方のひとつです。この記事では、なぜそう聞こえるのか、代わりに何をどの順番で話せばいいのか、お金と数字をどう見せればいいのかを順にお話しします。

報いる約束はなぜ保険に聞こえるのか

理由は2つあります。

会社全体の業績は社員ひとりでは動かせない

発表会でよく使われるのが、5年分の業績計画と、それを達成したときに給料がどれだけ上がるかを並べたグラフです。筋の通った、誠実な資料です。経営に詳しい方や、税理士・コンサルタントが見れば「なるほど」と感心すると思います。

けれど、このグラフを見て胸が高鳴るのは経営陣です。現場の社員はあくまで大勢のうちの1人です。「自分がどれだけ頑張っても、会社全体の数字は変えられない」と感じ、最後は「経営者が頑張ってくれ」という気持ちになります。グラフを見て「これができたら給料が上がるかもしれない、もっと頑張ろう」とはなりにくく、安心感も生まれにくいのです。

経営陣に見えているもの

  1. 5年後の売上と利益
  2. 達成したときの賃金の上がり幅
  3. そこへ向かう道筋と手応え

社員に見えているもの

  1. 自分ひとりでは動かせない、会社全体の数字
  2. 「達成しなかったら上がらない」という条件
  3. 「経営者が頑張ってくれ」という気持ち
同じグラフでも見えているものが違う 経営陣には道筋に見えるグラフが、社員には「自分では動かせない条件」に見えます。

条件つきの約束は責任を社員に負わせてしまう

業績が良ければ賞与が出て、悪ければ出ない。経営の結果の責任は経営者にあるはずなのに、社員からはその責任を押し付けられているように見えます。

「達成したら還元します」という言い方には、リーダーシップも感じにくくなります。「皆さんはこれをやってください。会社はこれを目指しておきます。うまくいったときだけ還元します」と言っているのと同じに聞こえるからです。

去年も同じ言葉を聞いた社員ならなおさらです。「去年もそう言っていたよな」と思われた時点で、今年の言葉は届きません。

私も自分の会社で同じことをしていた

私も自分の会社で経験しました。会社の方針どおりに働けば給料が上がる評価制度に作り替えたとき、エースのスタッフからこの一言が返ってきました。

「もしこれができなかったら、給料が下がるということですよね?」

上がる道を示したつもりが、相手には下がる条件として届いていたのです。

同じ時期、利益を多く出している部門に多く還元する仕組みも入れていました。フェアなやり方だと信じていましたが、社内には、どの部門に配属されるかという、本人の努力では動かせない「運」への不満が広がりました。制度の出来が上がるほど、社内の空気は冷えていきました。この経緯は、公平な評価制度を磨くほど社内が冷えた、私の失敗談に詳しく書きましたので、あわせてご覧ください。

社員の耳には経営の都合がにじんで届く

報酬の話に限らず、社員は経営者の言葉から「この話は誰のためか」を敏感に聞き取ります。

たとえば人事制度を変えるとき、「皆さんがもっと力を発揮できる仕組みを作りました」と伝えたとします。経営者としては社員を応援するつもりの言葉です。けれど私の見立てでは、聞いた社員の8割ほどは「もっと要求してくるのか」「今の自分たちではダメだと言っているのか」と受け取ります。人事制度はどれだけ良くしても、変えること自体が歓迎されにくいものです。慣れたやり方が変わるからです。

経営者の頭には、利益率が下がっている、仕事のスピードが遅い、といった経営の課題があります。それ自体は当然のことです。ただ、頭にあるとどうしても言葉の端ににじみます。「会社の業績を良くするために、評価を変える」と一度でも聞こえると、社員は「自分たちの働き方を変えさせたいから、この制度にしたんだな」と受け取ります。

社員に「こう変わってほしい」と期待していると、それも相手に伝わります。期待は悪いものではありません。ただ、期待を持って話すと、社員には「この人は自分たちを変えようとしている」と聞こえます。私は社員に変わることを求めず、変わってほしいという期待も持たずに話すことをお勧めしています。

発表会で管理部門が自分たちの取り組みを数字で報告する場面にも、同じことが起きます。資金繰りや在庫の回転の話は、現場の社員にはあまり関係がありません。話し方によっては「管理部門はこれだけやっているのだから、お前たちもやれ」という意味に聞こえてしまいます。

皆さんがもっと力を発揮できる仕組みを作りました

もっと要求してくるのか。今の自分たちではダメなのか

こう変わってほしい(という期待)

この人は、自分たちを変えようとしている

管理部門の取り組みを数字で報告

管理部門はこれだけやっている。お前たちもやれ

善意の言葉ほど経営の都合がにじむ どれも社員を応援するつもりの言葉です。けれど社員は「この話は誰のためか」を聞き取っています。

数字より先に経営者の意思を言い切る

では、何をどの順番で話せばいいのか。話す順番を入れ替えます。

まず経営者が「皆さんに安心して働いてほしい。そのための報酬を払いたい」と、条件をつけずに言い切ります。業績の数字はそのあとに出します。数字の説明はできれば役員や事業部長にお任せください。「社長がこう決めたので、そのために必要な業績はこれです」とつなぐ形です。社長の意思に周りの役員が数字の辻褄を合わせにいく。それが役員の仕事だと、私は考えています。

目標を達成できたら、皆さんに還元します

皆さんに安心して働いてほしい。そのための報酬を払います

会社の業績を上げるために、人事制度を変えます

目の前のお客様に集中できるように、評価の仕組みを整えます

業績が良ければ、賞与を出します

経営の結果の責任は、私が持ちます。皆さんは、お客様に喜んでいただくことに集中してください

条件より先に意思を置く 左は達成しなかったときの逃げ道が残って聞こえます。右は結果の責任を経営者が引き受けています。

評価の仕組みについて話すなら、「経営の責任は私が持っている。お客様に喜んでいただく責任は、皆さんが担っている。この評価は、これをやっておけば評価される会社だという安心のためにある」と伝えるのが、私のお勧めです。評価は社員が目の前のお客様に集中するための土台だ、という位置づけです。こう話すと、制度をつくるリスクを背負っているのは経営陣だ、という姿勢も伝わります。

話すときは、経営者の顔を少し脇に置いて、その人個人として話してください。立派な経営者として制度を説明するより、「これまでうまく伝えられていなかったのは、私の責任です」と、ひとりの人として先に伝えるほうが、社員は耳を傾けてくれます。

お金の話は社員の手が届く範囲で見せる

報酬の話を避けたほうがいい、ということではありません。社員は何より、自分の手取りがどうなるかを知りたいのです。変えるのは見せ方です。

  1. 報いる部分(上乗せ)お客様に喜んでいただけた数と深さにつなげる。本人の手が届く単位で見せる
  2. 土台(基本給)安心して働くための約束。業績を条件にせず、先に示す
土台は先に約束し、上乗せはお客様とつなぐ 業績を条件にするのは土台ではなく上乗せの部分だけ。しかもその条件は会社全体の数字ではなく、お客様の喜びです。

基本給は安心の約束として先に示す

「業績が良くなったら給料が上がる」という言い方は、社員には餌で釣られているように聞こえます。私はむしろ給料を先に上げたほうがいいと考えています。社員がお客様に集中できる状態をつくるのは、会社の責任だからです。最低限の基本給はその安心の約束として、条件をつけずに示します。

上乗せする分はお客様に喜んでいただけたことにつなげる

報いる部分、つまり賞与などの上乗せは、お客様に喜んでいただけたことの数や深さにつなげます。社員が日々の仕事の中で「今日のあれは、評価につながる」と実感できる形にするためです。

数字は本人の頑張りが届く単位で見せる

会社全体の数字を見せるより、店舗やチームの単位で「このくらいの成果が出たら、皆さんの給料はこのくらい上がる」と示すほうが、社員は自分の頑張りと結びつけて考えられます。前の年と比べて自分たちのチームがどれだけ良くなったかで上乗せが変わる、という形でもかまいません。数字は本人の手が届く範囲に絞ってください。

「時給が上がる会社」を目指すと伝える

「長く働けばたくさん給料がもらえる」と伝えるより、「時給が上がる会社にする」と伝えるほうが、社員の実感に近づきます。働く時間が同じでも給料が上がる。働く時間が短くなっても給料が変わらない。そういう状態を目指すと言い切ります。社員にとっては、目標を達成するという新しいことに挑むより、今までどおりの働き方でも給料が上がりそうだと思えることのほうが、ずっと安心できるからです。

全員の平均年収はあまり目立たせない

「全社の平均年収をこれだけ上げます」という見せ方にも注意が要ります。平均を上げる話が前に出ると、仕事のできる人から見て、そうでない人が思ったより評価されているように感じられ、急にやる気が下がることがあるからです。

追ってもらう数字は社員が動かせるものに絞る

報酬の見せ方を変えても、毎月の会議で追う数字が売上目標のままでは、結局「業績のために働かされている」という感覚が戻ってきます。

売上や受注は社員ひとりではコントロールできません。コントロールできないものを目標にすると、人は数字をごまかす方向に動きやすくなります。社員には、社員自身がコントロールできる動きの数字だけを追ってもらってください。たとえば、お客様に「元気になったら何をしたいか」を伺えた数のように、お客様に喜んでいただくための行動を数える数字です。

数字はなるべく少なくします。車を運転する人も、ダッシュボードでは速度と燃料くらいしか見ません。飛行機のように計器が並んでいても、運転する人は迷うだけです。社員に追ってもらう数字をお客様の行動から決め直したいときは、人が離れないKPIの決め方と、明日の会議で使える3つの問いをご覧ください。

発表会は社員が聞きたい話から始める

ここまでの話を経営計画発表会の組み立てにまとめます。

発表会の聞き手の主役は現場を回っている社員です。話の目的は、まず社員が「聞きたい」と思える話であること。次に、聞いたあとで仕事に役立つことです。業績の報告はその後ろに置きます。

  1. 1社長がひとりの人として意思を言い切る安心して働いてほしい。そのための報酬を払う。結果の責任は私が持つ
  2. 2お客様に喜んでいただいた場面を話す社員が関わったことで、お客様の暮らしがどう変わったか。社員にとって報われる時間になる
  3. 3社員に集中してほしいことを1つだけ伝える追ってもらうのは社員が自分で動かせる行動の数字
  4. 4役員が社長の意思を実現するための業績を説明する数字は意思を叶えるための道のりとして見せる
業績の報告はいちばん最後に 社長が最初に数字を話すと、そのあとの話はすべて「業績のため」に聞こえてしまいます。

2の場面は発表会の中でもっとも社員の心が動くところです。お客様が「本当はこうしたかった」と話してくださった出来事を、関わった社員の名前とともに紹介してください。社員にとっては、自分たちの仕事が誰かの人生を明るくしたと実感できる、報われる瞬間になります。

会社の業績は社員に心配させない

「その給料は、会社の利益から出ているんだ」と言いたくなる気持ちは、経営者として真っ当です。ただ、それを理解してもらうことまで社員に求めなくていい、と私は考えています。

業績・利益・資金繰り経営者が引き受ける社長社員社員お客様目の前のお客様に集中する
数字の心配は経営者が傘になって引き受ける 業績の雨が社員に降りかからないようにするのは、経営者の役目です。傘の下の社員は、目の前のお客様に集中できます。

子どもが夢中でスポーツに打ち込んでいるとき、その子の目には目の前のボールしか入っていません。視野が狭いからこそ、夢中になれます。そして本当に危ないときには、親が止めに入ります。会社も同じで、会社の数字の心配は経営者が引き受け、社員の視野は目の前のお客様に絞ってあげる。そのほうが社員は夢中で働けます。

芝生のグラウンドでボールを追う子どもたちと、見守る大人の後ろ姿
目の前のボールしか見ていないから夢中になれる 危ないときに止めに入るのは、見守っている大人の役目です。

そのためには、社員に新しいルールを足すより、「これもやめます」「これも気にしなくていいです」と、外せるものを伝えてあげるほうが効きます。何に集中すればいいかがはっきりすると、人は迷わずに動けるからです。

業績はお客様に喜んでいただいた数と深さの結果として、あとからついてきます。数字を見ないのではありません。数字は経営者がしっかり見て、入口にはしない、ということです。

経営者が引き受ける

会社の業績・利益・資金繰り

数字はしっかり見る。ただし社員への話の入口にしない

社員が数字の心配に振り回されないための壁

社員が集中する

目の前のお客様に喜んでいただくこと

追うのは自分で動かせる行動の数字だけ

経営者が引き受けるものと社員が集中するもの 経営者の言葉が壁の役目を果たします。「経営の結果の責任は、私が持ちます」。

次の発表会の原稿に「達成したら」「業績が上がったら」という言葉が入っていたら、その一文だけでも、条件をつけない言い方に書き換えてみてください。書き換えた一文を声に出して読んだとき、社員の顔がどう変わりそうか、思い浮かべていただけると幸いです。

ここでお話しした順番(お客様が先、数字はあと)は、ブランドから逆算して組織を設計する「ブランドエクスペリエンス経営」の土台です。全体の考え方は下のセミナー動画でご覧いただけます。