原材料も人件費も上がり続け、値上げは避けられない状況です。けれど、値上げのあとにお客様が離れてお店が傾いた話を聞くと、自分の値上げの日が決められなくなります。

値上げで外れた話は、大手チェーンの苦戦ばかりが目に入ります。自分のお店や会社と同じ規模の話が少なく、自分の値上げが同じところで外れないかを判断する材料がほとんどない状態です。

そこで、鳥貴族とてんや、閉店した小さな和風レストランなど、値上げで外れた実例を、報道と書籍の抜粋、本人の記述から集めました。同じ形で並べると、外れ方は4つに分かれました。原因は上げ幅より手前の、お客様に選ばれている理由を言えるかどうかにあります。自分のお店や会社が同じ道に入っていないかを上げる前に見分ける5つの問いと、値上げのあとに売上が落ちたとき失敗と決める線まで、順に書きます。

値上げで外れたお店・会社の実例(何を、いくら上げ、その後どうなったか)

報道や本人の記述で値上げのあとに客数や売上が落ちたと書かれている実例を、同じ形で並べます。値上げの中身と、その後に起きたことだけを書き、原因は並べたあとで考えます。

お店・会社値上げの中身(いくらからいくらへ)その後
鳥貴族2017年10月、全品280円均一から298円均一(税抜)へ。28年ぶりの値上げで、上げ幅は18円(約6.4%。当社で計算)値上げ後3カ月は客離れがなく、4カ月目の2018年1月から既存店客数が急減。2018年9月は既存店客数が前年同月比15.3%減、既存店売上高が13.1%減
てんや2018年1月、看板商品の天丼並盛を500円から540円へ(40円、8%。当社で計算)既存店客数が2017年12月から2019年8月まで21カ月連続で前年割れ。2019年8月は前年同月比1.9%減
リンガーハットもともと500円で食べられたちゃんぽんを、約1.5倍以上に客離れが起きたと書かれている。客数の数字と時期は、元の記事に無い

出典: 東洋経済オンライン(2018年)、プレジデントオンライン(2019年9月18日)、キヨスル。リンガーハットは二次情報です。

3社とも、値上げだけが原因とは言い切れません。鳥貴族の社長は自社調査で、出店ペースによる自社競合の影響が大きいと述べています。てんやの既存店客数は、値上げより前の2017年12月から前年割れが始まっていました。プレジデントオンラインの記事は値上げを客数減の「引き金」と分析しています。リンガーハットは数字も時期も元の記事に無く、二次情報にとどまります。

上げ幅だけを見ると、鳥貴族は約6.4%、てんやは8%で、どちらも大きな値上げではありません。それでも客数は崩れました。いっぽう1080円から1200円(約11%)に上げたQBハウスは、既存店客数が2%減にとどまったと税理士事務所のブログが書いています(二次情報。kitanotax)。上げ幅の大小だけで外れるかどうかは決まりません。

一度に上げるか段階に分けるかも迷うところです。一度に上げたお店と、何度かに分けて上げたお店を、同じ条件で比べた調査は、今回の調べでは見つかっていません。自分の粗利から、客数がどれだけ減るまで耐えられるかを計算すれば、段階に分けるかどうかを決められます。

値上げの失敗は、4つの外れ方に分かれる

実例を並べても、自分のお店や会社がどれに近いのかは分かりません。そこで、外れ方を2つの問いで分けました。値上げの前に、お客様がなぜそのお店や会社を選んでいるかを分かっていたか。上げた分に見合うものを、お客様に渡したか。この2つで置き直すと、実例は4つの位置に分かれます。

▲ 上げた分に見合うものを渡した ▼ 渡さなかった・減らした ◀ 分かっていなかった 分かっていた ▶ 横軸:選ばれている理由を分かっていたか 縦軸:上げた分に見合うものを渡したか C 品数を増やして 予約が減ったお店 D QBハウス CoCo壱番屋 外れなかった側 A 唐揚げ定食の 和風レストラン 880円から1000円 B てんや 500円から540円
値上げの実例を4つの外れ方に置いた図 位置は、報道と書籍の抜粋、本人の記述をもとに当社が置いたものです。てんやは確かな分類ではありません。
  • A選ばれている理由を取り違えたまま、値段だけ上げた。唐揚げ定食を880円から1000円に上げた和風レストランが当てはまります。銀行に言われるまま上げ、なぜお客様に選ばれているかが見えていませんでした。
  • B選ばれている理由は分かっていても、上げた分の中身を渡さなかった。てんやを置いています。税理士事務所のブログは失敗した例の理由を「価格だけ上がりサービスは据え置き」などと整理し、てんやを失敗組に入れていますが、てんやがどれに当たるかまでは書いていません。型Bに置くのは当社の見立てで、前年割れが値上げの前に始まっている点も残ります。
  • C手は打ったが、お客様が求める所とずれた。値上げのたびに品数を増やして予約が減ったお店です。満腹が満足だと思い込んだまま、足しました。
  • D外れなかった側。QBハウスについては、税理士事務所のブログが「依然、理美容最安」を理由に挙げています。CoCo壱番屋は小幅な改定を何度かに分けて重ねました。どちらも二次情報で、選ばれている理由を崩さない上げ方だったと読めますが、当社の置き方です。

鳥貴族とリンガーハットは図に置いていません。鳥貴族には出店ペースの影響が大きいという社長の見方があり、値上げだけの結果と決められません。税理士事務所のブログによれば、のちに立て直した、外れてから戻した例でもあります。リンガーハットは二次情報だけで、位置を決める材料が足りません。

型Aの入口は実際の現場にもあります。

地域で長くサービスを続けてきた会社の面談で、社長に、お客様がこの会社を選ぶ理由を尋ねました。返ってきたのは「安全」「安心」「長くやってきた」の3つで、社長自身も、同じ言葉を連呼するだけになると話していました。注文の多くは社名を指名する電話です。それでもお客様がなぜ指名するのかは、まだ言葉になっていませんでした。この状態で値上げをすると、守るものも足すものも決まらず、値段だけが変わります。

失敗の原因は上げ幅の大きさや告知の足りなさなど、上げ方に目が行きがちです。原因はその手前にある、と私は見ています。選ばれている理由が値段だけのお店や会社は、上げた分に見合うものを渡す先がなく、どう上げても型AかBに入りやすくなります。これはi-SHOTがご支援先と話し合う中で持つようになった見方で、実例から導いた当社の見立てです。

大手チェーンではなく、小さなお店で起きた値上げの失敗

型Aの実例をもう少し詳しく見ます。診断士の難波三郎さんの書籍『小さな飲食店のお客が減らない値上げ』(秀和システム)の抜粋が、プレジデントオンラインに載っています。記事の題は、唐揚げ定食を880円から1000円に上げたお店が、1年後に閉店に追い込まれたと伝えています(プレジデントオンライン)。

銀行から、いまの売上と経費では利益が出ないので全体の価格を2割上げるとよいと言われ、このお店の社長はそのとおりにしました。唐揚げ定食は880円から1000円で、約13.6%の値上げです(当社で計算)。値上げの8カ月後、商工会議所に相談に来たときには、この半年ほど売上が大きく落ちていました。閉店の経緯は確かめられた範囲の本文には書かれていません。

筆者の診断士は値上げの前にやるべきだったことを3つ挙げています。

  • なぜお客様に選ばれているかを把握する。元の880円は安さで選ばれていた可能性があり、値上げのあとは別の理由で選ばれる必要がある
  • 原価率の基本を理解する。このお店は、動物性たんぱく質の質と量で原価率が高く、添え物の改善では原価率がほとんど動かない
  • 商品を改善してから値上げする

筆者が見たところ、唐揚げ自体に問題はありませんでした。添え物は既製品のポテトサラダ、漬物、煮物で、店内は殺風景だったそうです。上げた分に見合う中身がお客様に見える形になっていたとは言えません。

もう1つ、自分で書いた体験談があります。レストランとカフェを営むお店が、値上げのたびに料理の品数、ドリンク、食材のグレード、滞在時間(3時間超)を増やしたところ、予約が少しずつ減りました。常連のお客様から、満腹になるのはしんどい、時間が長いのも疲れる、と言われて、満腹が満足だと思い込んでいたことに気づいたそうです。品数を減らして価格も下げると、予約が入り、常連のお客様が戻りました。具体的な数字は書かれていません(note)。型Cの例です。

大手チェーンは店舗数と立地で価格を支えられます。小さなお店は選ばれている理由がそのまま客数になります。これは当社の整理で、調査にもとづくものではありません。ただ、大手の苦戦を見て安心したり怖がったりするより、このお店のどこが自分のお店と重なるかを見るほうが、自分の値上げの役に立ちます。

自分の値上げが同じ道に入っていないか、上げる前に確かめる5つの問い

4つの外れ方は、上げる前に自分で見分けられる5つの問いにまとめました。「いいえ」になった問いが、自分のお店や会社が入りやすい外れ方の入口です。

問い「いいえ」のとき入りやすい外れ方
1 お客様に選ばれている理由を、お客様の言葉で言えるか型A・型C
2 値段以外の理由で選んでくれているお客様が多いか型A・型B
3 上げた分に見合うものを、お客様に渡せるか型B
4 お客様が減っても、粗利額が値上げ前を下回らないか上げ方の外れ(一度に上げすぎる)
5 新しい値段は、1000円のような区切りの手前に収まっているか上げ方の外れ(価格の分かれ目をまたぐ)

問い1 お客様に選ばれている理由を、お客様の言葉で言えるか

選ばれている理由は、いまのお客様に、うちに来る決め手を聞くのが早道です。聞きにくいときは注文の記録を見て、どんなお客様が何を目当てに来ているかを拾います。

言えなかったときは、選ばれている理由を確かめ、その理由を強める中身を足してから上げます。この順番は入れ替えません。足すものは、選ばれている理由につながるものに絞ります。品数を増やして外れたお店のように、お客様が求めていないものを足すと、値上げと中身がかみ合いません。

選ばれている理由を言葉にする手順を知りたいときは、ブランドエクスペリエンス(BX)とは?CXとの違いを事例で解説をご覧ください。

問い2 値段以外の理由で選んでくれているお客様が多いか

商品を宅配する、ある会社の打ち合わせでの話です。見積もりを出すと他社より高く、選ばれないことが悩みでした。同じ品はどこからでも買えます。それでも長く付き合ってくれるお客様は、少し安い見積もりが出ても切り替えません。そこでこの会社は、価格の差を悩みの種にするのをやめ、値段だけで選ぶお客様を追わないと決めました。手間をかける相手は、サービスに納得して選んでくれるお客様です。値上げに踏み切れるかどうかは、この区別がついているかで変わります。

値段だけで選ばれているお客様が多いほど、上げた分を渡す先がなくなります。値段で選ぶお客様が値上げのあとに減ること自体は、失敗とは限りません。

問い3 上げた分に見合うものを、お客様に渡せるか

介護用品や生活用品を扱う会社では、消耗品の仕入れ値が上がり、販売価格を見直すことになりました。メーカーが上げた分だけを載せる案と、自社の粗利を基準に決める案を比べ、便乗値上げに見えない形を選んでいます。伝え方も決めました。「原価が上がったので」とは言いません。値上げと一緒に、良くしたサービスの中身を示します。説明の言葉は「サービスを良くした分の単価の見直し」です。

渡せるものは量、品質、サービス、選択肢のどれかです。逆に、量を減らして値段を保つ実質的な値上げについて、Yahoo!ニュースの記事は、気づいたお客様の信頼が揺らぐ可能性を指摘しています。日本ハムのシャウエッセンの内容量の変更が批判を集めた例と、サイゼリヤが率直に説明して支持された例が紹介されています。同じ記事は野村総合研究所の2026年の調査として、加工食品で「値上げの理由がきちんと説明されれば納得できる」が24.7%だったとも書いています(回答数と調査月は記事に書かれていません。Yahoo!ニュース)。

お客様や取引先への伝え方と例文が必要なときは、値上げ時の客離れ対策|本当にお客様は離れる?調査でわかった防ぎ方をご覧ください。

問い4 お客様が減っても、粗利額が値上げ前を下回らないか

原価が変わらないとき、何%上げると、客数が何%減るまで粗利額が値上げ前と同じになるかは、計算で出せます。次の表は、粗利率(売値のうち粗利が占める割合)が60%と40%の商品の限度です。

値上げ前の粗利率5%上げる10%上げる20%上げる
60%(原価率40%)7.7%減まで14.3%減まで25.0%減まで
40%(原価率60%)11.1%減まで20.0%減まで33.3%減まで

当社の試算。粗利率と上げ幅は例です。原価は変わらないものとし、客数が減る割合の限度だけを計算しています。

粗利率60%の商品を10%上げると、客数が14.3%減るまでは、粗利額は値上げ前と同じです。100人に売っていた商品なら、約86人まで耐えられる計算です。粗利率が低い(原価率が高い)商品ほど、同じ割合の値上げで耐えられる客数の減りが大きくなります。

段階に分ける進め方は、受発注システムの会社のSSTが示した形です。200円必要でも、まず100円上げて様子を見ます。根拠となる調査は見つかりませんでした(SSTの飲食店向け解説)。段階に分けると、上げるたびに客数を見て、限度に近づいたら止められます。

問い5 新しい値段は、1000円のような区切りの手前に収まっているか

飲食関係の情報サービスMACARONの記事は、880円の商品を200円上げて1080円にすると、1000円を超えて買うハードルが一気に高くなると書いています。裏付けの調査は記事に無いので、断定はできません。同じ記事には、安さを売りにしていた定食屋がチェーン店と同程度の価格まで上げたところ、一気に客足が遠のいた例も載っています(MACARON)。

原価の関係で1000円以上にするなら、単品とセットで価格を分ける工夫が示されています。

5つの問いに全部「はい」と答えられるまで、値上げの日は決めないほうがよいと、私は考えています。

値上げのあとに見る3つの数字

値上げのあとに見る数字は、客数、客単価、リピート率の3つです。SSTは来店数、客単価、リピート率の変化を見える化するよう勧め、税理士事務所のブログは客単価とリピート率を月次で管理するよう勧めています。売上は客数×客単価なので、売上だけを見ても、客数が動いたのか客単価が動いたのかが分かりません。客数が減って客単価が上がっているなら、打つ手は逆になります。

見る時期にも注意が要ります。鳥貴族は、値上げ後3カ月は客離れがなく、4カ月目から落ち込みました(社長の発言。東洋経済オンライン)。値上げの1〜2カ月後の数字だけで、成功とも失敗とも決めるのは早すぎます。

2017年10月 全品280円から298円へ値上げ 値上げ後の3カ月 客離れはなかった 2018年1月(4カ月目) 既存店客数が急減しはじめる 2018年9月 客数15.3%減、売上13.1%減
鳥貴族の値上げ後は4カ月目から数字が崩れた 東洋経済オンライン(2018年)をもとに当社が作成。数字はいずれも既存店で、前年同月との比較です。

比べる相手も必要です。値上げの前の数字を同じ形で控えておかないと、減ったのか、もともとそうだったのかが分かりません。現場の会社でも、値上げの前後で客数がどう動いたかは、まだ数字にして確かめられていません。値上げを決めた日に前の数字を残しておけば、あとから比べられます。

値上げのあとに売上が落ちたら、粗利で失敗かどうかを見分ける

値上げのあとに売上が落ちると、失敗したと思い、元の値段に戻したくなります。けれど、売上が落ちても粗利額が保たれていることがあります。同じ粗利率60%の商品で、10%上げて客数が14.3%減ると、売上は値上げ前を100として94.3、約5.7%の減少です。20%上げて客数が25%減ると、売上は90.0で10.0%の減少です。どちらも粗利額は値上げ前から変わりません。

売上が落ちたとき、続けるか元の値段に戻すかの判断に使える調査は、見つかりませんでした。続けたお店と戻したお店を比べたデータが無いからです。近い例は、中身を増やして予約を減らしたレストランが、品数と価格を戻して客足を取り戻した1件だけです。本人の体験談で、客数の数字は出ていません。

失敗を疑うのは、次のような状態のときです(Intenciaの記事の見解。出典は示されていません)。

  • 利益も大きく落ちた
  • 客数が想定を超えて減り続けている
  • リピート率が落ちた
  • 本来残ってほしいお客様まで離れた
  • 競合へ流れている

この状態が見えても、すぐ元の値段には戻しません。先に、新しい値段に見合う中身が伝わっているか、商品の内容、旧価格のままの販促物、別の要因を調べます(Intencia)。鳥貴族は出店ペースによる自社競合、てんやは値上げの前から続く前年割れがあり、値上げだけが原因ではありませんでした。値上げのせいと決める前に、ほかの要因を外します。

価格で選ぶお客様を追わないと決めた会社は、そのお客様が減っても失敗に数えません。見るのは、残ってほしいお客様が残っているかどうかです。

値上げの前に確かめたい「お客様に選ばれている理由」の見つけ方を、セミナー動画で順に説明しています。

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値上げの前に5つの問いで確かめ、上げたあとは3つの数字と粗利で見ます。この順に進めれば、実例と同じところで外れる可能性は小さくなります。