新しいやり方を持ち込むたびに古参社員から「前はこうじゃなかった」と返され、指示しても動いてもらえない。正直なところ、辞めてほしいと思う日もあるはずです。けれどその人は仕事とお客様を握っていて、力ずくでは辞めさせられません。会長に退いた親のところへ、話が持ち込まれることもあります。
この記事では、日本政策金融公庫と中小企業白書の調査、中小企業庁の事業承継ガイドラインの事例をもとに、古参社員に改革を止めさせない進め方をお伝えします。力ずくで辞めさせなくても、古参社員が改革を止める力を減らせば改革は進みます。合わなければ、角を立てずに辞めてもらう道もあります。
古参社員に改革を止めさせない4つの順番
古参社員への対策として、現場に足を運ぶ、方針を丁寧に説明する、人事異動を行う、といった方法がよく紹介されています。どれも間違いではありません。ただ、順番を間違えると、説明しても動かず、人事異動をすればお客様が離れ、辞めてもらえば翌日から仕事が回らなくなります。進める順番は次のとおりです。
- 1改革の前に先代と役割と残すものを話す古参社員の不満が先代に届いても、改革が止まらないようにする
- 2古参社員に失うものを聞く反発の理由が、立場・やり方・先代との約束のどれかをつかむ
- 3古参社員だけが持つ仕事とお客様との関係を引き継ぐその人がいないと回らない状態を、改革の前に解いておく
- 4役割と実権を移し、小さな変更から後継者が先に動く協力してくれる人には改革の中の役割を渡す
意外に思われるかもしれませんが、改革で後継者がいちばん苦労する相手は、先代より従業員です。日本政策金融公庫が、承継後に新しい取り組みをした会社に苦労したことを聞いたところ、会社の大きさにかかわらず、先代の理解より従業員の協力を挙げた会社がずっと多くありました(日本公庫総研レポート No.2009-2「中小企業の事業承継」図表2-16。2009年7月の調査で、承継後に経営革新に取り組んだ企業が対象。複数回答)。
古参社員に反発されるのは、あなたの進め方だけが原因ではありません。改革を始めた後継者の多くが通る場面です。ここからは4つの順番に沿って、一つずつ説明します。
古参社員が改革に反発するのは失うものがあるから
古参社員が反発する理由は、ほかの記事でもたくさん挙げられています。ここでは手を打つための見方を一つにまとめます。古参社員は、改革で何かを失うと感じたときに反発します。失うものは大きく3つです。
| 失うもの | 反発の出方 |
|---|---|
| 立場 | 先代に頼られ、社内でいちばん分かっている人だった。新しいやり方では若手と同じ扱いになる。「前はこうじゃなかった」と言う、若手に裏で話す |
| 慣れたやり方と腕 | 何十年もかけて身につけたやり方が、改革で使えなくなる。指示を後回しにする、「それは無理」と言う |
| 先代との約束 | 処遇や役割、「お前に任せる」と言われた仕事が、代替わりで守られないと感じる。会長になった先代に直接話を持ち込む |
日本政策金融公庫の同じ報告には、古参従業員が「実力もないのに社長の息子という理由だけで厚遇されている」と反発した会社の事例が載っています(同レポート 事例2-9)。社長の息子だから上に立つ、と見られている限り、古参社員にとって改革は自分の立場を奪うものに見えます。指示を実行しないのは怠けているからではなく、失うものへの抵抗です。
古参社員の不満は先代に届いて改革を止める
古参社員の反発でいちばん怖いのは、目の前で言い返されることではありません。不満が先代に届き、先代の口から改革を止められることです。中小企業庁の事業承継ガイドラインには、子が改革で業績を立て直したのに、古参従業員の不満も受けた先代が子を解任してしまった事例が載っています(中小企業庁「事業承継ガイドライン」第3版 事例2)。結果を出した改革でも止まります。
先代が社内に残る会社は珍しくありません。2023年版の中小企業白書によると、承継後5〜9年の会社で、先代の69.1%は引退後も会長・顧問・相談役などとして社内で働いていました。そして、経営判断を主に先代が決めている会社では、事業の立て直しや新しい事業に取り組んでいる割合が50.5%で、後継者が決めている会社の60.4%を下回っていました(中小企業庁「2023年版 中小企業白書」第2部第2章第1節 第2-2-16図・第2-2-33図。帝国データバンクの調査、回答3,551件)。
日本政策金融公庫の研究者は、先代が口を出しすぎると後継者は身動きが取れなくなるとして、「後継者にとって親でもある先代の言葉は非常に重い」と書いています(鈴木啓吾「事業承継を機に後継者が経営革新を果たすためのポイントとその効果」日本政策金融公庫論集 第29号、2015年)。Yahoo!知恵袋には、父から「辞めたらお前に会社はあげる」「どうしようと好きにしろ」と言われて継ぐことになった人の相談もあります。そう言って任せた先代でも、古参社員の不満を聞けば口を出したくなります。
改革の前に先代と役割と残すものを話す
この経路をふさぐには、改革を始める前に先代と話しておくことです。2023年版の中小企業白書では、先代の承継後の役割について「十分に話し合った」後継者の68.0%が、先代の関わり方に満足していました。「全く話し合っていない」後継者では15.9%です(同白書 第2-2-21図。話し合うと業績が上がるとまでは、調査から言えません)。日本政策金融公庫の事例でも、会長と社長が担当を前もって分けていた会社では、改革が円滑に進んでいました(日本公庫総研レポート No.2009-2 事例2-15)。
先代に聞くことは3つです。
- この会社で、絶対に変えてほしくないものは何ですか
- 古参社員とは、どんな約束をしてきましたか
- 古参社員から相談されたら、どう答えてほしいですか
1つ目の答えが、改革しても残すものになります。2つ目の答えは、古参社員が失うと恐れているものの中身です。3つ目で、古参社員が先代に話を持ち込んだときに「社長と話しなさい」と返してもらう約束をしておきます。残すものが決まったら、言葉にして社員と共有しておくと、改革のたびに同じ説明をせずに済みます。残すものを言葉にして社員と共有する手順もあわせてご覧ください。
古参社員に失うものを聞く3つの問い
先代と話したら、次は古参社員本人と1対1で話します。目的は説得ではなく、その人が改革で何を失うと感じているかを知ることです。面談では、次の3つを聞いてください。
| 聞く問い | 分かること |
|---|---|
| この変更で、一番困ることは何ですか | 慣れたやり方と腕のうち、何が使えなくなるか |
| 先代とのあいだで決まっていたことはありますか | 先代との約束。先代から聞いた話と食い違っていないか |
| 今のやり方で、これだけは残したほうがいいものはありますか | その人が誇りにしている仕事。残すものの候補 |
面談の初めに、ここで話したことで評価を下げないと約束してください。その場で反論せず、聞いたことは紙に書いて本人に見せてください。自分の話が書き留められるのを見ると、古参社員は「この人は聞いている」と受け取ります。
改革の中身を伝えるときは、言い方を変えるだけで受け取られ方が変わります。
これからはこうします
ここを変えたいと思っています。○○さんならどう進めますか
前のやり方は古いので
前のやり方のこの部分は残して、ここだけ変えます
古参社員だけが持つ仕事とお客様との関係を先に引き継ぐ
古参社員を辞めさせられない一番の理由は、その人がいないと仕事とお客様が回らないことです。この状態のまま実権を取り上げたり、辞めてもらったりすると、翌日から困るのは会社です。だから、役割を変える前、辞めてもらうかどうかを決める前に、その人だけが持っているものを書き出して引き継ぎを始めます。
書き出すものは3つです。その人だけが分かる仕事の手順、その人を指名してくるお客様、その人が守ってきたお客様との約束です。本人には「この仕事を若手に教えてほしい」と頼む形で、一緒に書いてください。教える役は、古参社員の立場を守ることにもなります。
その人を指名してくるお客様には、引き継ぎのあいさつのときに「なぜ○○さんに頼んでいたのですか」と聞いてみてください。私はこの答えの中に、改革しても手放してはいけないものがあると考えています。速く届く、細かい注文を聞いてくれる、無理を言える。古参社員が長年かけて積み上げたこうした理由は、担当が若手に替わっても会社として続ける約束にします。
辞めさせる前に古参社員の役割と実権を移す
仕事とお客様との関係の引き継ぎが進んだら、古参社員が改革を止める力を減らします。辞めさせる計画は、思っている以上に本人にも周りの社員にも読まれます。ある後継者は、古参社員を自然退職に持っていく計画を立てたところ本人に知られてしまい、Yahoo!知恵袋に「計画が読まれ、バレてしまって焦っています」と書き込んでいました。力ずくで動くと、残る社員も次は自分かと身構えます。
移すものは、次の3つです。引き継ぎが済んだものから順に移してください。
| 移すもの | 例 |
|---|---|
| 決める権限 | 発注・値決め・仕事の承認。後継者か、改革に協力する人が決める |
| 人事 | 若手の配属や評価に、古参社員の口出しや一存が通らないようにする |
| お客様の窓口 | 引き継ぎが済んだお客様から、窓口を後継者や若手に移す |
移すときは、なぜ移すのかを本人に伝えます。事業承継ガイドラインでは、若い後継者に協力的でない年配の取締役に対して、その後継者を選んだ考えと、取締役に期待していることを説明するよう勧めています(中小企業庁「事業承継ガイドライン」第3版 図表44)。取り上げるのではなく、役割を変えると伝えてください。
協力してくれる古参社員には改革の役割を渡す
古参社員の中には、話を聞いてもらえたことで協力してくれる人もいます。そういう人には、改革の中の役割を渡します。新しいやり方を若手に教える役、お客様に変更を説明する役、先代と決めた残すものを守る役などです。立場を失う不安には、新しい立場で応えるのが早道です。
2023年版の中小企業白書では、事業の立て直しで社内の理解を得るために「社内で人望の厚い従業員に取組へ参加してもらった」会社が15.1%ありました(同白書 第2-2-37図。複数回答)。後継者を研究した論文でも、後継者は任された範囲で実績を積みながら、周りに経営者として認められていくと分析されています(落合康裕、『組織科学』47巻3号、2014年。当社が言葉に置き換えて紹介しています)。協力してくれる古参社員は、後継者が認められていく場面の証人にもなります。
売上が落ちて改革を急ぐときは後継者が先に動く
ここまでの順番には時間がかかります。売上が落ちていて、のんびり進めていられない会社もあるはずです。Yahoo!知恵袋には「売上低迷となり、社長から様々な指示を受けていますが、なかなか実行しません」という古参社員についての相談もありました。
急ぐときほど、説明より先に後継者が自分で動いて見せてください。2023年版の中小企業白書で、事業の立て直しについて社内の理解を得るために取り組んだことを聞くと、最も多かったのは「現経営者自ら率先して行動する姿を見せた」の58.8%でした。「小さな成功体験を積み重ねた」も39.7%あります(同白書 第2-2-37図。複数回答)。
日本政策金融公庫の報告にある自動車整備会社では、「社長の息子だから厚遇されている」と反発していた古参従業員が、後継者が深夜のレッカー業務を自分で引き受けるのを見て、少しずつ前向きになりました(日本公庫総研レポート No.2009-2 事例2-9)。急ぐときは変える範囲を1つに絞り、その1つで結果を見せてから次に進みます。
数字が出るまでには時間がかかります。2023年版の中小企業白書によると、承継した会社の売上の伸びは、2年目までは同じ業種の平均を下回り、3年目から平均を上回り、5年目から差が広がっていました(中小企業庁「2023年版 中小企業白書」第2-2-12図。2008〜2012年に社長が代わった会社を9年間追った帝国データバンクのデータ)。最初の2年で売上が伸びなくても、進め方が間違っているとは限りません。
それでも合わない古参社員には角を立てずに辞めてもらう
残すか辞めてもらうかで業績ははっきり分かれない
辞めてもらうかどうかを考えるとき、多くの後継者が知りたいのは、古参社員を残した会社と辞めてもらった会社でその後の業績がどう違ったかだと思います。当社が調べた範囲では、この2つを比べた調査は国内にも海外にも見つかりませんでした。答えに近いデータは3つあります。
まず、経営幹部の入れ替えです。日本政策金融公庫の研究では、承継後に経営幹部を入れ替えた会社の割合は、累積で赤字の会社で27.0%、黒字の会社で18.9%でした。ただ、ほかの条件をそろえて分析すると、入れ替えたかどうかと黒字か赤字かのあいだに、はっきりした差はありませんでした(佐々木真佑「事業承継後の企業パフォーマンスの決定要因」日本政策金融公庫論集 第45号、2019年。2018年8月の調査で、承継後3〜10年の482社を分析。赤字だから入れ替えた会社もあるため、どちらが原因かは分かりません)。
一方で、2023年版の中小企業白書では、後継者が従業員から経営者として認められているかどうかで、売上の伸びに差がありました。
海外には、退職と業績の関係を300の調査結果からまとめた研究があります。自分から辞める人が多い会社ほど業績が低い傾向があった一方で、会社の側から辞めてもらう退職は、業績とほとんど関係がありませんでした(Park & Shaw, 2013, Journal of Applied Psychology 98巻2号。承継や中小企業に絞った研究ではありません。当社が言葉に置き換えて紹介しています)。
業績のために、残すか辞めてもらうかを急いで決める必要はありません。気にかけたいのは、その人を残したまま、あなたが従業員から経営者として認められていけるかどうかです。辞めてもらう判断そのものを恐れすぎる必要もありません。避けたいのは、改革に見切りをつけた社員が自分から次々に辞めていく状態です。
4つの順番を進めても、改革に合わない古参社員はいます。そのときは、辞めてもらうことも選択肢です。その前に、次の3つを確かめてください。
- その人の仕事を、ほかの社員が代わりにできるようになっているか
- 先代とその人のあいだに、退職金や処遇の約束がないか
- その人への接し方を見て、周りの社員が何を学ぶか
辞めてもらうときは、本人の誇りを守る形で、退職の時期・引き継ぎ・処遇を話し合います。一方的に追い込むやり方は、本人だけでなく周りの社員の信頼も失います。解雇や退職勧奨には法律の決まりがあるため、判断は社会保険労務士や弁護士に相談してください。経営の相談は、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターでも受け付けています。
先代から受け継いだ会社でお客様に選ばれ続けてきた理由を見つけ、残すものと変えるものを社員と共有する進め方を、セミナー動画にまとめています。
セミナー動画を見る古参社員とのことで眠れない日が続くなら、一人で抱えないでください。改革を続ける意味はあります。2019年版の中小企業白書の分析では、事業承継をした会社は、しなかった会社より売上高の伸びが大きく、後継者が30代以下や40代の会社でその差が大きくなっていました(中小企業庁「2019年版 中小企業白書」第2-1-23図・第2-1-24図)。先代と話し、古参社員の話を聞き、仕事と実権を引き継いでから進めれば、改革は止まらずに続けられます。